矯正治療中は、口腔内に複雑な器具がつくため歯磨きがしにくくなり、虫歯になるリスクが高まってしまいます。虫歯予防もかねての矯正治療が虫歯リスクを高めてしまうとは、とても皮肉なことです。いったんなった虫歯は、基本的に自然治癒しませんので、予防策を講じることがとても大切になります。
予防策自体は、矯正するしないに関わらず基本的に同じですが、矯正治療中は歯磨きがしにくい分、その対策を徹底的に実行する必要があります。
まずは、虫歯になる原因と、虫歯になりやすい環境要因を理解してください。そして、その要因を一つずつクリアしていけば、そのことが予防策になるのです。
主にミュータンス菌と呼ばれる細菌が、食べ物の糖分をエサにしてグルカンという物質を作ります。グルカンは水に溶けず、ベタベタと粘り気があります。このベタベタを利用してミュータンス菌は歯の表面にくっつきます。その集まりをプラーク(歯垢)といい、そこに潜んでいるミュータンス菌が糖分を分解するときに作り出す『酸』によってお口の中が酸性になり(pHが5.4以下になると)、歯の表面が溶かされます。つまり、虫歯はミュータンス菌による感染症なのです。
どなたのお口にもミュータンス菌はいますが、必ず虫歯になるわけではありません。虫歯が発生するための条件というものが存在します。その条件を作り出す要因には、大きく分けて虫歯菌(の数)、糖分(の質や量)、歯の質、時間の4つがあります。右図のように、この4つの要因が重なると、お口の中がとても悪い環境(ミュータンス菌にとっては好都合な環境)になり、虫歯になってしまいます。
それでは、一つ一つの要因とそれに関わる対策について見ていきましょう。
プラーク(歯垢)1mgの中には約3億もの細菌が住んでいます。その中でミュータンス菌が虫歯の主な原因菌です。正式にはストレプトコッカス・ミュータンス(Streptococcus mutans)といいます。
産まれたばかりの赤ちゃんの口の中にはミュータンス菌はいません。離乳食を食べ始める頃に親と同じスプーンを使ったり、口移ししたりで、唾液を介して人の口から口へ感染します。そのため保護者の口にミュータンス菌が多いと子供は虫歯になりやすくなります。一度感染すると口の中から完全に排除するのは難しいのです。
つまり、ミュータンス菌の数が少なければ、将来虫歯になる可能性を減らすことが出来ます。
ミュータンス菌の数を減らすには…
等の対策が必要です。
歯ブラシは親指・人差し指・中指で鉛筆を握るようにして持ちましょう(右図のペングリップ)。このように持つと、力を入れ過ぎず、細かく動かすことが出来ます。
プラークはベタベタしているので1~2回動かしただけでは取れません。大きくゴシゴシと動かさず、細かく同じところで何回も動かしてください。
歯の表面のプラークは取れていても、歯と歯の間・歯と歯茎の境目は汚れが残りやすいので気を付けましょう。エッジワイズ装置がついている場合は、いっそう歯と歯の間・歯と歯茎の境目にプラークがつきやすくなりますので、更なる注意が必要です。
磨く回数は、ご飯やおやつを食べたら磨くのが適切ですが、なかなか毎回磨くのは難しいですよね。1日3回または2回、最低でも夜寝る前には必ず磨きましょう。
プラークを残したまま寝てしまうと、お口の中は、唾液の分泌が減少するため、とても虫歯になりやすい状態になります。つまり、寝る前にプラークが全くないのが理想的なのです。
磨く時間の目安としては5~10分です。
どこから磨くか順番を決めて磨くと、磨き残しが少なくなると思います。
プラークを赤く染色する液も市販されています(丹平製薬の“こどもハミガキ上手”)。これを利用すると、目で見て確認しやすくなりますので、磨き残しが少なくなります。
具体的な歯磨きの方法は、このHP上で公開する予定にしております。乞うご期待!
※電動歯ブラシはどうですか?とのご質問をよく頂きます。短い時間で効率的にプラークを除去できますので、使用されても良いかと思います。ただし、過信は禁物です。ブラシの毛先が当たらない部分は当然ながら磨き残しが生じます。電動歯ブラシの種類によっては、ブラシヘッドが大きく、歯の奥の方や、乱ぐい状態で歯が引っ込んだ部分には、毛先が当たりません。磨きにくい箇所専用として、ヘッドの小さな歯ブラシ(手磨き用)と併用されることをお勧め致します。
食べ物の中の糖をミュータンス菌がエサにして、酸・プラーク(歯垢)を作ります。糖の中でもミュータンス菌のエサにならない、『虫歯にならない糖』というのがあります。キシリトールという代替糖は砂糖と同程度の甘みがあるのに、虫歯にならない甘味料です。しかし食品に含まれているキシリトールの量が虫歯の予防になるのではなく、砂糖が含まれていない事が大切なのです。例えば、キシリトール95%でも、砂糖が5%含まれていれば、虫歯を起こす危険性はあります。
特に頻繁に間食をし、歯垢のpHが頻繁に低下する環境では、キシリトールのみに頼るのは難しいのです。生活習慣の改善も必要です(要因④時間についての項を参照)。
1日3回(キシリトール100%・3g)3ヶ月
虫歯のリスクが高い場合は
1日5~7回(キシリトール100%・5~7g)
キシリトール商品を選ぶ基準として、
※キシリトールを一度に多量に摂取すると、体質によっては、お腹がゆるくなることがあります。体質に合わない場合は、キシリトールに頼ることなく、ブラッシングを頑張りましょう。
歯並びが不揃いだとプラークが溜まりやすく、虫歯になりやすいです。ただし、そのための矯正治療自身が、虫歯になりやすい環境を作り出すものですから、できるだけ早く装置を外せるよう、治療を欠かすことなく通院することが肝要です。
生えてきたばかりの永久歯(幼若永久歯)は石灰化が不十分です。その上、幼若永久歯は磨耗しておらず、形態が複雑で食べかすが溜まりやすいので特に虫歯になりやすいです。歯磨きの仕方に工夫が必要です。また、深い溝をレジンといわれるプラスチックで埋めてしまうことも有効です(シーラント処置)。
虫歯に弱い歯の質を持った人もいらっしゃいますが、そのような場合は、フッ素で歯質を強化することが可能です。
※医院で塗布するものは市販されている歯磨剤の20倍の濃度があり、一年に2回ぐらいを目安に行います。
洗口に使う水は、成人25ml、小児15ml程度と、本当に少量です。多量の水で、何度も洗口しては、効果が全くありませんので注意して下さい。
食事やおやつを食べる回数が多いと、プラークが蓄積し、酸の産生回数も多くなるため、虫歯になりすいです。また、長時間だらだらと食事をすることも、酸性の状態が長く続くので虫歯になりやすくなります。
食事やおやつの時間を決めて、食べた後は出来るだけ速やかに正しい方法で歯を磨くことが大切です。
食物中の糖分をミュータンス菌が分解すると、酸が産生されます。そして、プラークのpHが5.4以下まで急激に低下し歯の表面が溶け出します。このことを脱灰と呼びます。さらに時間が経過すると、唾液の働きによってpHは中性に近づいていきます。中性に近づくと溶け出していた歯の成分が元に戻って、歯の表面を修復します。これが再石灰化です(右図参照)。
このように、食事をする度に、歯の表面は脱灰と再石灰化を繰り返します。しかし、再石灰化する前にまた甘い物を食べると脱灰状態が継続し、虫歯が始まってしまうのです(左図参照)。
唾液は噛むと量が増えますので、再石灰化する能力も向上します。
食事はよく噛んで食べ、普段からガムを噛むことをおすすめします。
当院で仕上げ磨き用に使用している薬用ハイドロキシアパタイトのペーストはアパガードリナメル®と言い、歯が溶け出した部分にミネラルを補給して再石灰化を行います。ほかにも歯垢の吸着除去や、歯の表面のミクロの傷を修復する再結晶化も行います。
ミクロの傷を修復することにより、着色するのを防ぐ効果もあります。
当院で販売もしており、歯科医院専用品は、修復成分であるハイドロキシアパタイトを市販品の2倍含んでいます。さらに、研磨剤無配合ですので、最強の歯磨剤といえましょう。
残念ながら、矯正治療中は虫歯になりやすいです。しかし、歯の磨き方を工夫し、キシリトールやフッ素ジェルを上手に利用し、さらに、食習慣を少し変えることで、虫歯リスクがグッと減ることを学んで頂きました。これら全てを行おうとすれば大変かもしれませんが、気に入ったものだけでも習慣化すれば、意外と頑張れるものですし、効果は間違いなくあります。
これらを実践することによって身につけた良い口腔衛生習慣は、その後の人生において、きっとあなたの宝物となることでしょう。
虫歯予防の主役はあなた自身なのです!